1999/Oct/4 (Mon)

RHIC degication

今日は、RHIC(Relativistic Heavy Ion Collider)の完成記念式典の日。 日本から文部省関係の人々がやってくるというので、日本人(特に若い人)が働いているというところを見せなければということで、その人々を出迎えるためにやって来て欲しいと言われていたので、8時半に Brookhaven center で人を待つ。 秋葉さんが来た後、待ってると、JSPS(日本学術振興会)の人が来たけど、他の人たちが来ない。 なぜかは知らないけど遅れて、9:30頃に文部省の人たちが来た。

予定では PHENIX の実験装置を見てもらうはずだったけど、時間がないので、そのままシャトルバスに乗って、会場へ。 昼近くまでは、式典。 ブラスバンド + チアリーダの行進があって、人の挨拶が沢山あって終り。 式典が終わったあとに、こっちにいる日本人何人かで日本から来た人々を PHENIXの実験エリアへ案内して検出器のことについてや日本人がどこに貢献をしているかを秋葉さんと早野さんが主に説明。

昼からは、オフィスでコンピュータ・ワーク。

夕方に、三明さんに電話をかけて、Berkeleyのポストのことについて話す。 4月着任の筑波大の助手のポスト(公募されてる)のことや、オフレコのことも持ち出されて、留任を迫られたけど、半年は待てない。 最初の約束(契約ではない)通り、1月31日まで Phenix のことが出来ないか Berkeley に持ちかけてみてくれと言われたので、相談はしてみましょう(無理かも知れないけど)、と答えておいた。 給料をもらっているわけではないので、どこに行こうと知ったこっちゃない、というのが正論だけど、それは契約社会での話。 日本を捨てるわけではないので、三明さんの頼みを無碍に断るわけにも行かないし難しいところ。 最終的に、三明さんの怒りや恨みをかっても気にしないと腹はくくってるけど。

PHENIX の computing meeting が明後日あって清道君が話をしなければならないので、ドラフトを清道君に作ってくれと言っておいたけど、出来てなかったので食後と言うことにした。 夕食は、志垣、秋葉、沢田、清道、金田の5人で。 どこに行こうかと言ってる内に、Flashing にある、Korea 焼き肉へ行こうという話になった。 戻ってきたのは23時頃。 トラペの内容について議論して(というか道筋を示して)終わったら、24:30。


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