| 2001年8月14日(火) | 天気 : くもり のち 晴れ |
夜に各大手の新聞、朝日、産経、毎日、読売、日経をぐるりと巡ってみたけど、どの新聞も直接・間接の違いはあれ、「終戦記念日」について触れてた。 いつも思うんだけど、「終戦」って玉虫色の表現だよな。 負けたんだから、敗戦って言えばいいのに。
朝日と産経は典型的な(日本での)左翼と右翼の主張って感じで、互いに敵対する相手を遠まわしに批判してるんだけど、毎日と読売は割と偏っていないように見える論理の組み立てをしてた。 日経の
一衣帯水の東アジアで、お互いが角突き合わせていてはだれの利益にもならない。ってのが、個人的には納得いくところ。
小泉首相の靖国神社参拝にしても、それに向かって熱狂的に国旗を振ってる人たちをみると、なんだか興ざめしてしまう。 そうまでして、何かに忠誠を誓いたいものなのかな、と。 自分が高校までに受けてきた教育ってのは、右の連中が「自虐的な偏った」と呼ぶものだけど、それに「洗脳」されてるわけじゃないし、かと言って「国家に忠誠を誓え!日本人として誇りをもて!」なんてのもばかばかしいと思ってしまう。 おまえらに言われなくたって、自分の生まれた国の文化を大切に思い、誇りに思うってのは普通に持つ感情だよ。 かといって、日本は悪いことばかりしてきたんだなんて思うってのもまた、ばかばかしい。 結局、右も左も、どっちもどっち。 イデオロギー論争ってのは、「我に正義あり!」で、それを論理だてるために相手を攻撃するんだから。
それにしても、いろんな考えを読んでもやはり、右翼的な立場だけには同調できないなぁ。 なんていうか、いやらしいものを感じてしまう。 内にこもって「ぼくがただしいんだい」ってだだをこねてる子供って感じがあるのと、街頭車に代表される行動が好きじゃないからだろう。
あと、未だに「小林よしのり」を前面的に支持してるって人はやっぱり居るらしいということが驚き。 それこそ本人が書いてた「純情まっすぐ君」そのままだし、小林自身、「わしを信じてついてくるな」と昔書いてるのに。 なんだろ。 そういう人々って、左だろうと右だろうと、あるとき適当なきっかけで「目が覚めて」、懺悔のつもりで回れ右で思想転換し、あっさり信じてついていくんだろうか?