2002/09/15 (日)

散髪

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今日は髪を切りにSan Franciscoへ。 英語で説明をするのがめんどくさい+アメリカの普通の店でのカットはいい加減(でも安い)という二つの理由で、髪を切るのは日本人のやってる美容院で髪を切ってもらってる。 三ヶ月も切ってなかったので、さすがにいい加減耳の周りがうっとおしかったんだけど、それもすっきり。 実は一月位前から切りに行こうと思いつつ、予約の電話を入れなきゃと気がつくとすでに週末近く。 土日しか切りに行く暇はないんだけど、とうぜん土日は人も多いわけで、早めに予約をしてない場合はもう一杯で無理ってことになる。 だからといって2・3週間先の予約を入れるというのも何だかなぁ、って気になる。 じゃぁ来週の月曜にでもと思っているとそのまま忘れ、また週末近くに気がつくということを繰り返してた。

髪を切ったあとは、紀伊国屋へ行ってマンガを購入。 その後は Union Square 周辺へ行き、ふらふらと服を物色。 今日は琴線に引っかかるものがなかったので何も買わなかった。 帰り道に Emeryvileにあるモールに行き Comp USA, Office Depot, Sport max をうろうろ。 Sport max で Nike の靴を買って帰宅。

お茶を入れてのんびりしながら買ってきた本を読む。

前にどこかでこのマンガに対する書評が載っていて、読みたいと思っていたのがやっと見つかったので買った。 うん、しかし、やっぱり医者は嫌いだ。 医者になんかにならなくてよかったと心の底から思う。

自分は小学校の頃、わりと成績がよかった。 今でもこういう馬鹿な短絡的思考があるかどうかは知らないが、そのころの人々の思考に

成績がいい = 医者にしよう

というのがあった。 母方の祖母には医者になった兄弟が多く、「医者」=「人生の成功者」=「幸福な人生」ということを彼女から小さい頃から言われていたような気がする。 小学生の頃はその思惑に乗せられていたけど、やがて「成績が良い=医者として適正」ではないという当たり前の事実に気がついた。

いろいろと見たり聞いたりした情報を総合するにつれ、「医者は仁術」であるというのは理想で殆どの医者はそんな人格者ではないことを知った。 決定的だったのは、高校の頃にだったか見たテレビドラマの「白い巨塔」。 舞台は1960年代と少し古く、ドラマだし事実とは多少は違っているとは思うけど、そこにでてくる医者は一部を除いて、権威の上に立ち患者のことは考えず金と権力にまみれた屑ばかり。 そのあと、原作の小説を買って何度も読み返した。 そこに描かれていることは到底フィクションの世界だけとは思えない。 現実にそれに近いことがあるからこそ、フィクションが現実味を帯びて見えてくる。 読めば読むほど医者が嫌いになっていった。

今また、医者のあり方に問題を突きつける物語があるということは、医者の世界は今も昔も白い巨塔ということだろう。 今でも医者は非常に嫌いだ。 特に大学の医学部にいる魑魅魍魎ども。

  1. 医学部教授は医局村の頂点に立つ金と権力にまみれた汚物である、しかしその権力は膨大で医局員の一人や二人簡単に抹殺できる
  2. 医者は科学者ではないくせに、科学者のように振る舞う
昔は一つ目の理由で嫌いだった。 最近はそれに二つ目の理由が加わった。 医学は科学ではない。 科学は、仮説・検証の両翼が備わっていなければならないし、全ての結果は公開され万人に共有されなければならない。 医者は本当に情報を全て公開しているのか? リスクや自分に都合の悪いことは隠しているのに違いないという疑いは晴れない。

日本にいたとして、たとえどんな病気になっても大学病院にだけは行きたくない。


物理屋のすごしかた (c) M.Kaneta